憲法おばちゃん語訳、「ヘイトスピーチ」の問題

book1 『日本国憲法 大阪おばちゃん語訳』、注意しながら読んでいただきたいことの2つめは、1つめで例に挙げた「表現の自由」との関係で、「ヘイトスピーチ」について、「これって、守らないといけない表現なんでしょうかね?」という問題提起がされているところです(72ページ)。

「ヘイトスピーチ」とは、いうならばむき出しの言葉の暴力、ですよね。

こんな言論、許されるはずがないってことは、たぶん誰もが思うことではないかな。

問題は、「新たな」立法によって、「ヘイトスピーチ」という「新たな」カテゴリーを設けて、それに対して規制をかける、という方法をとることが許されるのかどうか、という点にあると思っています。

「ヘイトスピーチ」とされる言論のほとんどは、名誉毀損や侮辱、脅迫、威力業務妨害など、今すでにある法律で、充分に規制することができるものばかり。(警察はなぜそれをしないのでしょう???)

これらとは別に、新たに、「ヘイトスピーチ」だとか「憎悪表現」だとか「差別的表現」といった類型を設けて、新たに規制の対象にする、そういうやりかたが、はたしていいのかどうか、ということが、「ヘイトスピーチ」の問題なんですよね。

すでにある法律を活用せず、新たに規制をかけるということは、国家権力に対して新たにまたひとつ、「表現の自由」を抑圧する道具を与えることを意味します。

およそ規制とは、その法律の作り方や運用によって、いかようにも濫用・悪用されてしまうもの。そういう危険を、ことこの「言論」という「重い」つまり「デリケートで傷つきやすい」人権において、冒していいのかどうか。そこが、問われているのではないでしょうか。

このあたりも、この本ではもうひとつ言葉が足りなくて、ちょっと残念だなあ・・・、というのが2つめ。

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